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横光利一の未完の長編小説です。1930年代のパリを舞台に、主人公である特派員の矢代、日本からの留学生である久慈、天野、春木の4人を中心に物語は展開します。彼らは西洋文明の圧倒的な影響力の中で、日本人としての自己のアイデンティティや文化的な立ち位置について深く苦悩し、議論を重ねます。作品の根底には、近代化する日本と西洋との関係、そしてその中で個人が抱える根源的な孤独感、すなわち「旅愁」というテーマが流れています。登場人物たちの思索を通して、東西文明の衝突と融合の可能性を探求しようとした、著者の思想的営為が色濃く反映された作品と言えます。
本作が発売された1946年は、日本が敗戦し、GHQの占領下で従来の価値観が根底から揺らいでいた時期にあたります。多くの日本人が「日本人とは何か」「西洋とどう向き合うべきか」というアイデンティティの危機に直面していました。このような時代背景において、『旅愁』が描く「西洋文明の只中で自己の拠り所を模索する日本人」というテーマは、読者の内面的な葛藤と強く共鳴したと考えられます。
また、戦時中の抑圧的な雰囲気から解放され、純粋な文学、特に海外を舞台にした知的な刺激に満ちた物語への渇望が高まっていたことも追い風となったでしょう。単なる私小説とは異なり、東西文明論という壮大なテーマを掲げた本作は、国家の未来を憂う当時の知識層や学生たちの知的好奇心を満たしたと推測できます。横光利一という戦前からの文豪の、戦中から執筆されていた大作が満を持して刊行されたという点も、大きな注目を集める要因になったと考えられます。
では、なぜ売れ続けたのか?

(1946年)