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本書は、物理学の根幹理論である量子力学を、化学の諸問題、特に分子の構造や化学結合の解明に応用する学問分野「量子化学」について体系的に解説した入門書です。シュレーディンガー方程式といった量子力学の基本原理から説き起こし、それらがどのようにして個々の原子や分子の性質を説明するのかを、化学者を読者として想定し、比較的平易な筆致で解き明かしていきます。具体的には、原子価結合法や分子軌道法といった中心的な理論を用いて、化学結合の本質、分子の形、スペクトルなどを理論的に理解するための道筋を示します。難解な数式展開を避け、物理的・化学的な直観を重視した記述が特徴で、量子化学という新しい学問領域の全体像と、その思想的背景を掴むことを目的としています。
本書が発売された1949年頃は、日本が戦後の混乱から立ち直り、科学技術の再興が急務とされた時代でした。物理学における量子力学の革命的な成功を受け、化学の分野でもその理論を応用しようとする機運が世界的に高まっていました。しかし、当時の日本の化学者や学生にとって、この最先端の学問を日本語で体系的に学べる教科書は皆無に等しい状況だったと考えられます。物理学者向けの難解な原著や論文しか選択肢がない中で、化学の具体的な問題に焦点を当てた「化学者のための量子化学」というコンセプトを持つ本書の登場は、まさに渇望されていた知識への扉を開くものでした。さらに、著者の水島三一郎氏は当時すでに分子構造研究の世界的権威であり、その大家が信頼性の高い岩波全書から出版したという事実が、内容への絶大な信頼感を生み出しました。時代が求める最先端の知識を、第一人者が、最適な形で提供したことが、発売当初の成功の核心的な要因であったと推測されます。
では、なぜ売れ続けたのか?
