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本書は、19世紀ドイツの港町リューベックを舞台に、裕福な穀物問屋であるブッデンブローク家が、4世代にわたって栄光から衰退へと至るまでを描いた大河小説です。物語は、一族の家長である領事ヨハン・ブッデンブロークから始まり、その子、孫、ひ孫たちの結婚、事業、病、そして死を通して、一家の運命を詳細に追っていきます。中心的なテーマは、実務的で勤勉な「市民」の精神と、繊細で内省的な「芸術家」気質の対立です。世代を重ねるごとに、一族の生命力や商才が失われ、代わりに神経過敏で病的な感受性が強まっていく過程が、リアリズムの手法で克明に描き出されます。これは単なる一族の物語に留まらず、近代ヨーロッパのブルジョワジー社会そのものの価値観の変遷と、その没落を象徴する作品です。
本書が1969年頃の日本で受け入れられた背景には、当時の社会状況と読者ニーズが深く関わっていると考えられます。この時期、日本は高度経済成長の只中にあり、多くの人々が物質的な豊かさを手に入れました。その一方で、伝統的な「家」制度が揺らぎ、個人の生き方が問われ始めるなど、価値観の転換期でもありました。このような状況下で、経済的成功を収めた一族が、世代交代と共に内面的な葛藤を抱え、やがて衰退していくという物語は、日本の読者にとって他人事ではなかったと推察されます。経済的な繁栄の先に何があるのか、豊かさは精神的な充足をもたらすのか、という問いを投げかける本書のテーマが、時代の空気と共鳴したのではないでしょうか。また、トーマス・マンというノーベル文学賞作家の権威性と、岩波文庫という教養の象徴的ブランドが、単なる娯楽小説とは一線を画す「読むべき古典」としての地位を確立し、知識層や学生を中心に広く受け入れられる要因になったと考えられます。
では、なぜ売れ続けたのか?

(1969年)